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JR完全乗車の旅JR complete

2016年10月10日(月) 寄り道禁止、帰郷の旅


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廃止予定の三江線を昨日に完乗し、今回の旅の最大の目的を遂げました。
休暇は残り今日の1日のみ、そして現在の居場所は広島、移動手段に使うのは鈍行列車のみ。
・・・となると、今日すべきことは、

どこにも寄り道せず、ひたすら列車で帰宅の途を急ぐこと!

ということで、今日の日記には鉄道を途中下車して観光するなどといった要素は、全くありません。
ひたすら、鉄道の乗車記録と車窓からの景色を紹介するのみです。

ただ、車窓からの景色というのも、見所をおさえればなかなかに楽しめる事を私は知っています。
その楽しみ方の一部だけでも、紹介できれば幸いです。

さて、そんな今日これからの行動を心に秘めつつも、朝起きてまず一番の懸念事項は・・・

風呂のお湯がちゃんと出るか!?

ですよね。
おとといの朝は風呂に入れず、昨日の朝は水風呂に入ったということで、ここ2日間はまともにお湯を浴びることができていません。





ドキドキしながら湯温を確認したところ・・・

ちゃんとお湯が出た!

・・・いや、だからそれが当たり前なんだって。
とにかく、3日振りにしっかりと入浴することができました。めでたしめでたし。





風呂に入り、食事もきちんと済ませたところで、さっそく出発します。
向かうのは、昨日に利用した広島駅・・・ではなく、宿の場所の関係で、その隣駅から乗車することにします。





その駅とは、新白島(しんはくしま)駅。
この駅、できたのは何と2015年3月ということで、まだ1年半しか経っていない新品の駅なのです。
それで、こんなに変?な形というか、先進的なデザインなのか。

ただし、写真に写っているのは、同じ新白島駅でも、第3セクターが運営する「広島高速交通 アストラムライン」の方の駅です。





JR新白島駅は、こちら。
先ほどよりは地味というか普通の駅ですが、それでも十分新しく清潔感のあるデザインです。





今日は、ここ新白島駅から完乗の旅(というか帰宅の旅)がスタートします。





さて、改札に入ろうとすると、自動改札しかない割りには駅員がいません。
・・・これ、乗り放題切符はどうやって入るの?

と、疑問に思っていたところ、改札のところに切符をかざすスペースがあり、そのスペースを写すカメラも発見できました。
なるほど、駅員はここにいないけど、別の有人駅から切符をカメラで確認し、遠隔操作で改札を開いている訳ですね。
初めて通るタイプの改札だったので、こんなものもあるのかと勉強になりました。





さて、いよいよ今日の旅が始まります。





本日最初の乗車。
しかし、この列車はすぐ隣の広島駅が終点のため、乗車はたったの2分間です。





あっという間に広島駅到着。





ここ広島駅からは、山陽本線を乗り継いだ方が最速なのですが、帰路を急ぎつつも完乗を進めたい気持ちもあり、ここは遠回りですが呉(くれ)線経由で行きます。
山陽本線は、今後も何度か乗車する機会はありそうですしね。




途中の海田市(かいたいち)駅。
この後にも紹介しますが、呉線はなかなか個性的な名前の駅がいくつも登場します。





やがて見えてくる、瀬戸内海の風景。
呉線は、瀬戸内海が非常によく見える路線でもあります。





途中、何やらテーマパーク的な建造物が見えてきました。





その最寄にあるのが「呉ポートピア」駅。
ああ、あのヤスが犯人なやつね。知ってる知ってる。

さて、知ってるけれども改めて調べてみたところ・・・

そもそも当駅は、1992年3月に開園したテーマパーク「呉ポートピアランド」の最寄り駅として開業。
ポートピアランドは、絶叫マシンなどで若者を中心に来場者を獲得していましたが、内容の陳腐化や、テーマパーク業界そのものの衰退と相まって、わずか6年後の1998年8月に閉園。
ただ、当駅の名称は変わらずそのまま、ポートピアランド跡地は市民公園「呉ポートピアパーク」として無料開放され、現在にいたるとのこと。

バブル全盛期に建設計画され、開業したときにはバブルが崩壊していたが方針転換できず、時代に流れとともに消えていったという、全国に数多くあるテーマパーク崩壊の歴史の一部ですね。





やがて、日の出の時間を迎えました。





呉線の名前の由来ともなっている、呉(くれ)駅。
呉は東洋一の軍港として名をはせた時代もあり、あの戦艦大和が製造されたことでも知られています。





その歴史を垣間見るかのように、車窓からは時折、大型船が見られます。





途中の広(ひろ)駅。
一文字の駅名というのも、珍しいものです。





車窓からは、瀬戸内海の海岸を望むことができます。





陽が登り、瀬戸内海の風景が遠くまで見えるようになってきました。





途中の竹原駅。
名前に「竹」があることからか、写真のような竹取物語にちなんだイラストが描かれています。
まぁ、竹取物語の舞台については諸説あるようですけどね。

竹原駅を出発後、列車はいよいよ海モード全開の地域を通ります。









はるか遠くに見える橋は・・・後で紹介します。













早朝の快晴の空の下、瀬戸内海の素晴らしい景色を堪能できました。





列車は、尾道駅を通ります。
となると、先ほどから遠くに見えていたランドマークがいよいよ近づいてきます。





通称「瀬戸内しまなみ海道」。
愛媛県の今治市から、瀬戸内海を横断し、広島県の尾道市を結ぶ自動車道です。
この道路、自転車で渡ることができ、景色も素晴らしいことから、サイクリングのメッカとしても知られている場所です。





そのしまなみ海道を・・・





くぐって通り抜けました。

しっかりとご当地ランドマークをカメラにおさめたところで、列車は東尾道駅に到着しました。すると・・・





先ほどのしまなみ海道を綺麗に写真におさめるスポットの紹介がありました。
もう通り過ぎた!遅い!





まぁ、どうせ途中下車はしないし、そこそこアングルも似ているので、今回はこのくらいで勘弁しておくとしよう。





早朝から約3時間の乗車を終え、福山駅に到着しました。





ここ福山からは、岡山まで山陽本線をひた走ります。
呉線ではずっと景色を見ていたこともあり、そろそろ眠気に襲われる時間帯でもあります。





ということで、あっという間に(70分後)、岡山駅到着。





岡山駅からは赤穂線に入り、播州赤穂(ばんしゅうあこう)駅に向かいます。

さて、ここ岡山駅では待ち時間が31分間ありました。
31分間というと、駅の外に食事等に行くには短い時間。
ただ、今朝は朝食が5時頃で現在10時。既に空腹の時間です。
かと言って、この先もまだまだ旅は続くので、それなりにしっかりと食事したい。
どうすればよいか・・・

という状況になれば、選択肢に挙がるのが・・・





車内で駅弁を食す! これに限りますね。





そこそこ値の張る牛ステーキ弁当を食します。
・・・うん、味付け・ボリューム共にイマイチ!





さらに、デザートは岡山ということで、生きびだんご。
うん、こちらはなかなか良い!





空腹も解消されたところで、岡山・兵庫県境ののどかな田園風景を堪能します。





岡山駅から1時間程で、播州赤穂駅に到着。
近畿地方を快走する新快速電車の終着地としても知られる駅ですね。





ここからは、普通列車で姫路まで行きます。
少しずつ、しかし着実に関東へ近づいていっていますね。





今日は全行程通して小春日和の良い気候。
日々の疲れも忘れてしまうようなのんびり感を味わえました。





途中の相生駅。





網干(あぼし)駅。





そして、終点の姫路駅に到着。
ようやく、近畿地方の西端に着いた感じです。





ここからは、新快速電車で近畿地方を一気に駆け抜けます。





列車は近江塩津行きですが、私は途中の米原で下車します。





姫路駅を出てしばらくすると見えてくる、明石海峡大橋。
あぁ、いよいよ近畿に来たという実感があるなぁ。





神戸地区の海側を走ります。





神戸駅到着。





三ノ宮駅。
三ノ宮は阪急電鉄も接続しており、この地域最大の繁華街もあります。





兵庫県の東端にある尼崎。
そして・・・





遠くに、懐かしい梅田の町並みが見えてきました。





近畿地方最大規模の駅、大阪駅に到着。
この大阪駅、駅ビルがかなり大幅に改修され、かなり規模の大きい建物に生まれ変わりました。





乗客数ももちろん多く、この地域の一大ターミナル駅となっています。





さらに隣接する、阪急百貨店と阪急電鉄の建物。
学生時代は阪急によくおせわになったなぁ。





梅田HEP FIVEの観覧車。
あぁ、あの観覧車にも乗ったことがあったなぁ。

・・・あまりいい思い出じゃないので、やっぱり忘れることにしよう。





大阪駅を過ぎ、淀川を走行中に目撃した飛行機。
高度から言っても、近くの伊丹空港に着陸寸前の機体でしょう。

私は一時期、伊丹空港のすぐ近くに住んでおり、飛行機の離陸音でテレビの音声が聞こえなくなる、という生活を送っていたこともありました。
現在は神奈川在住ですが、ちょっとした機会の違いがあれば、今も大阪に住み続けていたかもしれません。
そう考えると、人生の向かう先というのは、ちょっとしたことで大きく変わってしまうものなのでしょうね。





淀川を横断後、見えてきた高い建物は株式会社キーエンスの本社ビル。
私は一時期、この辺りが通勤路だったことがあり、このビルも毎日眺めながら通っていたことを思い出します。
今回、下車はしていないけど、車窓からの風景だけでも大阪時代の生活が思い出され、懐かしい気持ちになりました。





列車は新大阪駅に到着。





列車は新大阪駅を出て、引き続き東海道線をひた走ります。





大阪と京都の中間に位置する高槻。





そして見えてきた、大きな駅ビル。
2日前にも訪れた駅です。





京都駅に到着。





隣の山科駅。
列車は京都を離れ、滋賀県に入ります。





途中の南草津駅。
実は私は大学進学の関係で、場合によってはこの駅周辺に住むかもしれませんでした。
当時、南草津駅は新快速が停まらず、某大学の新キャンパスができたばかりで、寂しい駅前でしたが・・・





今は見ての通り、一大住宅地。
ここにも、私が歩むかもしれなかった人生の行き先の一つがありました。





列車は、滋賀の平原を駆け抜けます。





やがて、YANMARの中央研究所の建物が見えてくると・・・





終点の米原に到着します。
東海道線のこれより東方は、JR西日本からJR東海の管轄に変わります。





ここから新幹線を使えば3時間強で横浜までたどりつきますが・・・当然そんなことはしません。





引き続き、東海道線を東へひた走ります。





東海道新幹線のホームを横目に、いざ出発!





米原ー大垣間は山間部を移動します。
その途中には、有名な関ヶ原の古戦場があります。





「天下分け目の戦い」と言われた関ヶ原の戦いから、400年以上が経ちました。
これだけ経過しても語り継がれる戦の歴史というのは、人々を惹きつけるものがあるのでしょうね。





大垣駅では乗り継ぎ時間がほとんど無く、引き続き東海道線に乗車。
しばらくして岐阜駅に到着しました。
その時・・・





岐阜駅前に仁王立ちする、黄金の第六天魔王像。
天下統一の道半ばで謀反に遭い、その人生を終えたかの魔王の想いは如何ばかりか。





遠くに見えるのは、岐阜城の復興天守。





名古屋駅を通過。





そして、豊橋駅に到着。





浜松行きに乗り換え。





35分間で浜松駅に到着。





さらに、熱海行きに乗り換え。





辺りが暗くなってきて、景色を楽しめる時間が終わってしまいました。
そもそも、この区間はもう何十回と行き来していることもあり、消化試合の様相。
早い話、睡眠時間の到来です。





約2時間後、途中の沼津駅に到着。
もちろん、終点の熱海駅まで乗っても良かったのですが、どうせ熱海で同じ電車に乗ることになるので、始発駅で乗ってしまえということで、ここで乗り換えます。





本日最後の列車に乗車。





約1時間半後、横浜駅に無事帰還しました。





今回の旅、廃止予定の三江線に乗っておこうという事と、9月の九州の旅が消化不良につき、ひたすら鉄道乗車をしよう、という二つの目的があってこの構成となりました。
振り返ると、目的は概ね達成できたのではないでしょうか。

次の旅予定は今のところ未定ですが、少なくともあと2ヶ月くらいのうちに、行かなければならない地域があります。
理由は・・・既に以前の日記に記している通りです。
そちらの旅についても、いずれ報告したいと思います。





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